栃木のIT専門校での日々は、派手な再起ではなかった。
朝起きて、学校へ行く。
授業を受ける。
空いた時間に、自分の勉強をする。
帰って、また少し勉強する。
それだけだった。
でも、その「それだけ」が、当時の僕には必要だった。
東京で削られた後の身体に、いきなり大きな目標は重すぎた。
もう一度大きく勝とうとする前に、まず日常を取り戻す必要があった。
だから僕は、栃木で少し休みながら、資格とプログラミングを積み上げていった。
誇れるほど綺麗な努力ではない。
焦りもあった。
見返したい気持ちもあった。
でも、それでも少しずつ、自分はまだ学べるという感覚が戻ってきた。
授業がゆるい分、自分の勉強を進められた
IT専門校の授業は、正直に言えば、すべてが刺激的だったわけではない。
周囲のペースに合わせる場面も多かったし、自分には物足りないと感じる時間もあった。
ただ、前回の電気の職業訓練校と違って、そのゆるさを少し受け入れられる自分もいた。
ここは全力疾走する場所ではない。
まず生活を整える場所だ。
そう割り切ると、授業の外側に自分の時間が生まれた。
僕はその時間で、いくつかの資格に手を出した。
税理士試験。
基本情報技術者。
電験二種。
並べると、少し無茶に見える。
実際、無茶な部分もあったと思う。
でも、当時の僕には、勉強していないと落ち着かないところがあった。
止まるために栃木へ来たはずなのに、完全に止まることは怖かった。
だから、休みながらも、何かを積み上げている感覚だけは手放したくなかった。
税理士試験は落ちた。でも、会計感覚は戻った
会計事務所を辞めた後も、会計そのものを嫌いになったわけではなかった。
むしろ、数字を整理する感覚や、会社の動きを会計から見る視点には、まだ未練があった。
だから栃木でも、税理士試験に手を出した。
簿記論。
財務諸表論。
消費税法。
結果だけを言えば、不合格だった。
特に消費税は、簡単に通るようなものではなかった。
簿財もあと少しという感覚はあったけれど、合格には届かなかった。
悔しさはあった。
でも、完全な失敗だったとは思っていない。
一度離れかけていた会計の感覚を、もう一度手元に戻すことはできた。
仕訳、決算、税金、会社の数字。
それらを見た時の頭の動きは、まだ残っていた。
資格試験は合否で切られる。
それは当然だ。
けれど、自分の中に残ったものまでゼロになるわけではない。
不合格の紙の向こう側にも、回収できるものはある。
当時の僕は、そうやって少しずつ、過去に学んだものをもう一度拾い直していた。
基本情報技術者は、知識より論理で突破した感覚があった
一方で、基本情報技術者は合格した。
ただ、情報分野に深く通じたから受かった、という感覚ではなかった。
もちろん勉強はした。
用語も覚えた。
アルゴリズムも触った。
でも、自分の中では、情報知識というより、論理力で試験を処理した感覚のほうが強かった。
問題文を読む。
条件を整理する。
選択肢を削る。
矛盾を見つける。
知らない分野でも、試験として解ける形に落とし込む。
それは昔から、自分がなんとか使ってきた能力だった。
東大寺や阪大で上には上がいると痛感した。
それでも、学習能力や論理の扱いに関しては、自分の中にまだ自負があった。
基本情報の合格は、その自負を少しだけ現実に戻してくれた。
すごい資格を取ったというより、まだ自分の頭は使える。
その確認に近かった。
電験二種は、嬉しさと戸惑いが同時に来た
栃木にいる間、電験二種にも挑戦していた。
再エネの会社にいた頃から受けていて、栃木で三度目の挑戦になった。
一次試験は、そこまで大きな不安はなかった。
電気の訓練校、現場経験、これまでの積み重ねがあった。
問題は二次試験だった。
当日は、消しゴムを忘れた。
しょうもない。
でも、試験本番でのそういう小さなデバフは、思っている以上に効く。
手応えも薄かった。
これは厳しいかもしれない、と思っていた。
それでも、結果は合格だった。
嬉しかった。
もちろん嬉しかった。
ただ同時に、少し戸惑いもあった。
これで取れてよかったのか。
自分は本当に二種を名乗れるほどの技術者なのか。
資格の合格は、能力を証明してくれる。
でも、資格を取った瞬間に、実務の不安が消えるわけではない。
それは再エネの現場で痛いほど知っていた。
だから電験二種の合格は、ゴールというより、また別の責任の入口のようにも感じた。
Javaの授業で、プログラミングの奥行きに少し触れた
IT専門校の後半で、Javaの授業が始まった。
そこでは、講師との相性がよかった。
説明が分かりやすく、ただコードを書かせるだけではなく、考え方を少しずつ積み上げてくれる感じがあった。
最初は、プログラミングをそこまで深く考えていなかった。
ITを学ぶと言っても、電気業界の書類や記録を効率化できればいい、くらいの感覚だった。
でも、書いていくうちに、少し見え方が変わった。
条件分岐。
繰り返し。
クラス。
オブジェクト。
状態。
処理の流れ。
プログラムは、ただ便利な道具というより、自分の頭の中にあるルールや構造を外に出す作業に近かった。
これは深めるほど奥がある。
そう感じた。
電気の図面や会計の仕訳とは違う形で、そこにも論理の世界があった。
僕は少しずつ、プログラミングにも知的な面白さを感じ始めた。
Copilotに相談して、ブラックジャックを作った
最終課題では、何か簡単なプログラムを作ることになった。
何を作るか考えていた時、僕はCopilotに相談した。
今思えば、そこが自分にとってAI活用の小さな入口だった。
Javaで作るなら、カードゲームが相性いいのではないか。
ブラックジャックのようなゲームなら、ルールも比較的シンプルで、クラス設計もしやすい。
そんな提案を受けた。
僕はそれに乗った。
山札。
手札。
プレイヤー。
ディーラー。
点数計算。
勝敗判定。
小さな仕様ではあったけれど、自分で形にしていく感覚があった。
完成度は高くない。
でも、動いた。
それだけでかなり嬉しかった。
勉強でも、資格でも、仕事でもない。
自分で考えて、AIにも聞きながら、小さなものを作った。
その成功体験は、後から思っている以上に大きくなっていく。
休養の中で、次の欲が少しずつ戻ってきた
栃木での時間は、穏やかだった。
ただ、その穏やかさの中で、僕の中にはまた別の欲も戻ってきた。
資格を取った。
基本情報にも受かった。
電験二種にも受かった。
プログラミングも少し面白くなってきた。
AIを使えば、自分一人ではできなかったことも形にできるのではないか。
そう思い始めた。
それは前向きな感覚でもあった。
一方で、危うさもあった。
何かを取り返したい。
短期間で結果を出したい。
損した時間を埋めたい。
そういう焦りは、まだ消えていなかった。
休みながら積み上げていたはずなのに、心のどこかでは、また一発逆転の匂いを探していた。
その匂いに、次に僕は仮想通貨で近づいていく。
数字が増えると、人は簡単に現実感を失う。
そして、現実感のないまま増えた数字は、減っていく時にもどこか他人事に見えてしまう。
次に読む栃木で少しずつ日常を取り戻しながらも、短期間で資産を増やしたい焦りは残っていた。SNS、AI、楽観的な予測に飲まれ、また一発逆転の夢へ近づいていく。
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