部屋は、少しずつ倉庫になっていった。

最初は、商売のための在庫だった。

利益を出すために仕入れた商品。売れるまで一時的に置いているだけのもの。

そう思っていた。

でも、売れるまでの一時的な場所が、いつの間にか生活の中心を侵食していった。

プリンター、段ボール、梱包材、未確認の商品、売れ残った在庫。

部屋にあるものの数が増えるほど、自分の中の焦りも増えていった。

それでも当時は、まだどこかで「取り返せる」と思っていた。

在庫は、数字ではなく圧力になっていった

Amazon FBAを使っていたとはいえ、全部をすぐに倉庫へ送れるわけではない。

動作確認をする。付属品を確認する。相場を見る。出品文を考える。梱包する。発送する。

一つひとつは難しくない。

けれど、生活が乱れている人間にとっては、その「一つひとつ」が重くなる。

やれば終わることを、やらないまま積む。

あとで確認しようと思ったものが、床に置かれる。

少しだけ避けて歩けばいいと思った段ボールが、いつの間にか通路になる。

在庫は、会計上の資産のように見える。

でも、売れない在庫は、部屋の中では圧力になる。

見るたびに、自分の判断ミスを突きつけてくる。

それが嫌で、さらに見ないようにする。

すると、もっと動けなくなる。

生活の崩れは、部屋にそのまま出る

その頃の部屋は、きれいな言葉で説明しにくい。

不良在庫のプリンターや段ボールが積まれ、床はへこみ、冷蔵庫から変な汁が出て、万年床は湿気を吸っていた。

食事は、冷凍の牛丼の具とパックご飯で済ませることが多かった。

栄養というより、ただ体を動かすための補給だった。

風呂に入る頻度も落ちていた。

人に会う予定がなければ、清潔でいる理由も薄れていく。

もちろん、それは本当は危ない。

でも危ない状態にいる時ほど、自分が危ない状態にいることを認めにくい。

外から見れば、もう十分に崩れていたと思う。

ただ、自分の中ではまだ「一時的に散らかっているだけ」「そのうち片付ければいい」と思っていた。

人は、壊れている最中には、意外と自分が壊れていることに気づかない。

ゲーム課金は、現実の数字をごまかしてくれた

在庫が積み上がる一方で、ゲームや配信を見る時間は増えていった。

現実の数字を見るのはしんどい。

売れない商品、減っていく貯金、払わなければいけない家賃。

そういう数字から目をそらすように、ゲーム内の数字を追っていた。

強くなる。ランクが上がる。カードがそろう。限定アイテムを取る。

ゲームの中では、行動すればすぐに反応が返ってくる。

現実のせどりは、売れるまで待たなければならない。

現実の生活は、片付けても、働いても、すぐには人生が変わらない。

だから、反応の早い世界に逃げた。

課金もした。

大きな金額を一気に使ったというより、小さな逃避が積み重なっていく感覚だった。

不良在庫と同じで、ひとつひとつは小さく見える。

でも、積み上がると生活を圧迫する。

家賃を払うことすら、現実を見る行為だった

やがて、家賃の支払いも苦しくなった。

厳密に言えば、お金が完全に一円もないというより、支払うこと自体が現実を認める行為に感じられていた。

この部屋に住み続ける。

この生活を続ける。

この失敗を自分のものとして引き受ける。

その全部が重かった。

家賃を滞納していた時期もある。

退去の手続きも、片付けも、精算も、正面から向き合えばよかったのかもしれない。

でも当時の僕は、そうできなかった。

胸を張れる話ではない。

綺麗な言い方をすれば、逃げた。

もっと正確に言えば、夜逃げ同然だった。

部屋を出た後にも、空家賃や後始末の問題は残った。

逃げたからといって、現実は消えない。

ただ、目の前から一瞬だけ見えなくなるだけだ。

副業の失敗ではなく、生活全体の失敗だった

この時期のことを、単に「せどりで失敗した」と言うこともできる。

でも、今の感覚では少し違う。

失敗したのは、仕入れ判断だけではなかった。

生活の整え方、人とのつながり方、孤独の扱い方、現実の数字との向き合い方。

その全部が崩れていた。

副業は、その崩れを救うものではなく、むしろ拡大する装置になってしまった。

生活の土台が弱い時に、「自分で稼ぐ」という選択肢は、希望にもなる。

でも同時に、危険にもなる。

自由度が高いものほど、自分の状態がそのまま結果に出る。

誰にも怒られない。

誰にも止められない。

だからこそ、静かに沈んでいくことがある。

美談にはできない。でも、なかったことにもできない

この経験があったから今の自分がある。

そう言えば、少しはきれいに聞こえるのかもしれない。

でも、正直に言えば、そんなふうにはまだ言い切れない。

無駄にした時間もある。

迷惑をかけたこともある。

判断を誤ったこともある。

当時の自分を、簡単には許せない部分も残っている。

それでも、なかったことにはできない。

あの部屋に積み上がっていた段ボールやプリンターは、ただの不良在庫ではなかった。

自分の焦り、見栄、孤独、近道願望、生活力のなさ。

そういうものが、形を持って部屋に置かれていた。

そこからすぐに人生が立て直せたわけではない。

この後も、まだ情けない時間は続く。

ただ、あの部屋を出たことで、少なくとも一つの生活は終わった。

次に必要だったのは、成功ではなく、まず自分を立て直すための足場だった。

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ネットカフェ、カラオケ、実家への帰還。そこから、学歴ではなく資格で立て直そうと考え始める話へ。

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この記事は「履歴書の余白」の個人記録です。特定の店舗・サービス・副業手法の一般論ではなく、当時の自分の体験と現在の視点をもとに書いています。副業や物販を一律に否定するものではありません。