「自分でも稼げるかもしれない」と思った。
誰かに雇われるのではなく、自分で調べて、自分で仕入れて、自分で売る。
その響きは、当時の僕にはかなり魅力的だった。
大学に戻れなかった。普通に就職するのも怖かった。過去を説明するのも面倒だった。
でも、商売なら、過去よりも結果で見てもらえる気がした。
安く買って、高く売る。
それだけなら、自分にもできるのではないか。
今思えば、その考えは半分正しく、半分かなり危なかった。
値段が分かると、世の中を攻略できる気がした
愛知では、買取王国で働いていた時期がある。
ホビー担当として、商品の買取や値付けに触れた。箱の状態、付属品、相場、売れ行き。そういうものを見ながら、これはいくらなら買えるか、いくらなら売れるかを考える。
そこでオークファンのような相場を見る道具にも触れた。
同じ商品でも、場所やタイミングや状態によって値段が変わる。知らない人にはただの中古品でも、調べれば数字が見えてくる。
それが面白かった。
世の中のものには、だいたい値段がついている。しかも、その値段は固定ではない。
安く見られているものを拾い、正しく売れば差額が取れる。
この仕組みを知った時、少しだけ世界の裏側を覗いたような気がした。
知っている人だけが得をする。知らない人は損をする。
そういう構造に、自分の勝ち筋を見た。
最初は、ちゃんと調べていた
せどりを始めた当初は、やる気があった。
適当に買っていたわけではない。相場を調べ、Amazonの販売価格を見て、手数料や送料を考え、利益が残りそうなものを探していた。
Amazon FBAも使った。
商品を倉庫へ送れば、保管や発送をAmazon側がやってくれる。個人でも、少しだけ商売らしいことができる。
その感覚は楽しかった。
自分で仕入れたものが売れる。通知が来る。数字が動く。
会社に所属していなくても、自分の判断でお金が生まれる。
それは、当時の僕にとってかなり強い刺激だった。
履歴書では説明しづらい人間でも、商品が売れれば売上は立つ。
そこに救いを見ていた。
プリンターは、なぜか勝てそうに見えた
扱った商品の中でも、特に印象に残っているのがプリンターだった。
プリンターは大きい。重い。保管場所を取る。動作確認も面倒だ。普通に考えれば、初心者が気軽に扱うには厄介な商品だと思う。
でも、その厄介さが、当時の僕には参入障壁に見えた。
面倒だからこそ、他の人が避ける。
他の人が避けるなら、そこに差額が残っている。
そう考えた。
もちろん、それ自体は完全に間違いではない。商売には、面倒なことを引き受けるから利益が出る面がある。
ただし、それは生活と管理が整っている人の話だ。
部屋も生活も崩れかけている人間が、保管場所を取る商品を増やしていけばどうなるか。
その先を、当時の僕はあまり考えていなかった。
商売をしている気分は、現実逃避にもなった
せどりは、ただの副業ではなかった。
当時の僕にとっては、現実逃避の延長でもあった。
ゲームでは、相手の手を読み、効率のいいルートを考える。
せどりも、少し似ていた。相場を読み、仕入れを選び、売れるまで待つ。
うまくいけば、自分は世の中を攻略しているような気分になれる。
普通の就職から逃げていることも、空白期間が伸びていることも、生活が乱れていることも、商売をしているという言葉で少しだけ薄められた。
「何もしていないわけじゃない」
そう言える材料がほしかった。
だから、せどりをしている時間には、妙な安心感があった。
ただ、その安心感はかなり危ういものだった。
売上があることと、利益が出ていることは違う。
仕入れていることと、商売が回っていることも違う。
動いているように見えることと、前に進んでいることは違う。
生活が崩れると、判断も少しずつ雑になる
最初は調べていた。
けれど、生活が崩れてくると、仕入れ判断もだんだん雑になっていった。
昼夜逆転して、配信を見て、ゲームをして、食事も適当になる。
風呂に入る頻度も落ちる。部屋の片付けも後回しになる。
そんな状態で、冷静な商売判断だけが保たれるはずがない。
それでも当時は、自分の判断力が落ちていることに気づきにくかった。
むしろ、損を取り返したい気持ちや、次こそ当てたい気持ちが強くなる。
これは副業に限らないと思う。
生活の土台が崩れると、人は大きな判断ほど雑になる。
焦っている時ほど、うまい話が魅力的に見える。
孤独な時ほど、「自分だけは分かっている」と思いたくなる。
そして、部屋には少しずつ商品が増えていった。
まだこの時点では、破綻したとは思っていなかった。
でも、床に置いたプリンターや段ボールの数は、少しずつ現実を語り始めていた。
続きへ不良在庫、ゲーム課金、昼夜逆転、ゴミ屋敷、無断退去。副業の失敗が、生活そのものをさらに崩していく後編へ。
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