応募書類を書きながら、過去を棚卸ししていくうちに、少しずつ見えてきたことがある。

僕のキャリアは、きれいな一本道ではない。

大学を中退した。

期間工へ行った。

ひきこもった。

せどりで失敗した。

簿記と会計に行った。

会計事務所で現実にぶつかった。

電気の職業訓練校へ行った。

再エネの現場で消耗した。

IT専門校で休みながら資格を取り、AIとプログラミングに触れた。

仮想通貨でも失敗した。

AI開発でも、仕様を膨らませすぎて沼に入った。

履歴書だけを見れば、かなり散らかっている。

でも、その散らかりの中にしか、自分の立てる場所はないのかもしれない。

そう思うようになった。

まっすぐ積み上げた人には、まっすぐでは勝てない

一つの分野だけで勝とうとすると、だいたい先に強い人がいる。

電気だけなら、新卒から電力、メーカー、施工、保守で積み上げてきた人がいる。

施工管理だけなら、現場で何年も鍛えられてきた人がいる。

会計だけなら、税理士試験や監査法人、会計事務所でまっすぐ経験を積んできた人がいる。

ITだけなら、学生時代からコードを書き、実務でシステムを作ってきた人がいる。

AIだけなら、研究や開発の前線にいる人がいる。

その人たちと同じルールで、同じ土俵に立って、同じように勝とうとするのは苦しい。

自分には遅れがある。

空白もある。

中途半端に見える経験も多い。

でも、逆に言えば、一つの分野だけに閉じていない。

電気の現場を見た。

会計の実務も少し見た。

投資で数字が膨らみ、溶ける怖さも見た。

AIで文章やコードを作る便利さと危うさも見た。

現場の書類、調整、メール、図面、数字、資格、転職書類。

それぞれを完璧に極めたわけではない。

でも、複数の世界を少しずつ跨いできた。

その跨ぎ方にしか、自分の希少性はないのかもしれない。

電気と会計は、本当はかなり近い

再エネの現場にいた時、ずっと思っていた。

設備は、技術だけで動いているわけではない。

発電所は、電気設備であると同時に、投資対象でもある。

建設費がある。

運転費がある。

保守費がある。

売電収入がある。

停止すれば損失が出る。

不具合があれば修繕費が出る。

契約があり、土地があり、金融があり、保険があり、オーナーがいる。

現場で起きていることは、最終的には数字につながる。

逆に、数字だけ見ていても、現場の怖さは分からない。

図面が粗い。

管理体制が曖昧。

協力会社への依頼が雑。

安全書類が形だけになっている。

そういう現場の粗さは、あとから費用やトラブルとして返ってくる。

だから、本当は電気と会計は遠くない。

設備を見る力と、数字を見る力は、つながっている。

そこに自分の勝ち筋があるのではないかと思う。

現場を知らない数字も、数字を知らない現場も、どこか怖い

現場だけを見ていると、目の前の作業や調整に追われる。

今日の点検。

今日のトラブル。

今日の報告書。

今日の安全書類。

それは大事だ。

でも、その仕事が事業全体のどこに効いているのかを見失うことがある。

一方で、数字だけを見ていると、現場の重さが軽く見える。

利回り。

収支。

修繕費。

稼働率。

モデル上はきれいに見える数字の裏に、誰かの調整や不安や無理がある。

僕は、どちらか片方だけに寄り切ることに少し怖さを感じる。

現場を知らない数字も怖い。

数字を知らない現場も怖い。

だから、その間に立てる人間になりたい。

きれいな肩書きではなくてもいい。

現場の言葉を数字に翻訳できる人。

数字の前提を現場のリスクとして見に行ける人。

そういう人間になれれば、自分の遠回りも少しは使える気がする。

AIは、弱い経歴を魔法のように変えてはくれない

AIを使えば、応募書類は書きやすくなる。

メールも楽になる。

調べ物も速くなる。

コードも書ける。

記事の構成も出せる。

でも、AIは弱い経歴を魔法のように強い経歴へ変えてくれるわけではない。

実務経験がなければ、経験はない。

理解していないことは、説明の途中で崩れる。

現場を知らなければ、現場の言葉は薄くなる。

数字を読めなければ、数字の怖さは分からない。

AIは、そこをごまかしてくれる道具ではない。

むしろ、問いの浅さや理解の薄さを映してくる。

だからこそ、AIを使うなら、人間側に軸が必要になる。

自分は何を見たいのか。

何を判断したいのか。

何を深掘りしたいのか。

どこまでなら責任を持てるのか。

AIは、その問いに反応する。

問いが雑なら、出てくるものも雑になる。

これはカードゲーム開発で痛いほど感じた。

仕様を握れていない人間がAIに丸投げすると、仕様だけが膨らんでいく。

でも、問いを絞れば、AIは強力な相棒になる。

文章も、調査も、整理も、学習も、かなり助けてくれる。

問題は、AIを使うかどうかではない。

何のために使うのかだ。

このサイトも、過去の棚卸しとAI活用の実験場になっている

「履歴書の余白」は、ただの自分語りサイトにしたいわけではない。

もちろん、最初は自分の話から始まっている。

でも、本当にやりたいのは、失敗談を並べて慰め合うことではない。

傷のなめ合いをしたいわけでもない。

異なる境遇の人の話を読むことで、価値観の幅を広げる。

自分とは違う選択肢を知る。

こういう失敗の仕方もある。

こういう立て直し方もある。

こういう諦め方もある。

こういう選び直し方もある。

そういう材料を置いていきたい。

綺麗ごとにはしない。

失敗を美談にもしない。

「あれがあったから今の自分がある」と、無理に落ち着かせもしない。

曖昧なまま、痛みも後悔も残ったまま、それでも次の選択肢を探す。

そのための場所にしたい。

そして、その運営そのものも、AI活用の実験になる。

過去を棚卸しし、文章にし、構成を作り、導線を整え、サイトとして積み上げる。

AIを使いながら、自分の経験をコンテンツへ変えていく。

これはたぶん、今の時代だからできる再建の形でもある。

次の土俵は、まだ完成していない

資格を取った。

現場も見た。

会計も少し触った。

ITも学び始めた。

AIも使い始めた。

でも、それで何者かになれたわけではない。

まだ途中だ。

むしろ、ようやく自分の材料が見えてきただけかもしれない。

電気主任技術者としての知識。

再エネO&Mの現場経験。

会計事務所で見た数字と事業の感覚。

転職活動で整理した職務経歴。

AIを使って文章やコードを作る感覚。

副業や投資で失敗した記憶。

それらをどうつなげるのか。

どの仕事に寄せるのか。

どの発信に変えるのか。

どの学習を続けるのか。

どのリスクを取るのか。

まだ決めきれていないことも多い。

でも、昔のように、ただどこかへ逃げるだけではなくなってきた。

少なくとも今は、自分の材料を見ながら、次の土俵を作ろうとしている。

それは成功談ではない。

まだ結果も出ていない。

ただ、過去をなかったことにせず、組み合わせて使おうとしている。

履歴書の余白に沈んでいたものを、少しずつ外へ出している。

その先に、どんな仕事や発信や人とのつながりが生まれるのかは分からない。

分からないまま、次の選択肢を増やしていく。

今いるのは、たぶんその途中だ。

終章へこの余白を、誰かの選択肢に変えていく

ここまでの自分の記録を、傷のなめ合いでも成功談でもなく、誰かの判断材料に変えるための短いあとがきへ。

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