栃木での日々は、少しずつ平和を取り戻していた。
朝起きて、学校へ行く。
授業を受ける。
資格の勉強をする。
Javaを書いて、Copilotに相談して、小さなブラックジャックを作る。
壊れた生活が、少しずつ人間の形に戻っていく感覚があった。
でも、平和になったからといって、欲が消えるわけではない。
むしろ、日常が少し整ったことで、別の焦りが顔を出した。
もっと早く取り返したい。
失った時間を埋めたい。
資格だけではなく、お金でも結果を出したい。
また、どこかで一発逆転の匂いを探していた。
その匂いが、僕にとっては仮想通貨だった。
数字が増えると、人は簡単に現実感を失う。
そして、現実感のないまま増えた数字は、減っていく時にもどこか他人事に見える。
最初は、ちゃんと投資をしているつもりだった
仮想通貨に手を出した時、最初からギャンブルをしているつもりはなかった。
むしろ、自分ではそれなりに調べているつもりだった。
チャートを見る。
出来高を見る。
プロジェクトの説明を読む。
SNSで情報を集める。
AIにも聞く。
評価サイトを見る。
オシレーター系の指標を見て、「ここは買い時ではないか」と考える。
そうやっていると、自分が冷静に判断しているような気がしてくる。
でも、今振り返ると、その冷静さはかなり怪しかった。
自分に都合のいい材料を集めていただけかもしれない。
上がる理由を探していた。
下がる可能性より、戻る物語を信じたかった。
投資をしているつもりで、実際には「自分が救われるシナリオ」を探していた。
数字が増えると、現実の重さが薄くなる
一時期、資産は四万ドルを超えた。
日本円に直すと、それなりに大きな数字だった。
もちろん、まだ人生が変わる金額ではない。
でも、当時の僕には十分に刺激的だった。
画面上の数字が増えていく。
昨日より増えている。
先週より増えている。
このままいけば、もう少しで一千万円台が見えるかもしれない。
そこで安全資産に移せばいい。
少しだけ勝って、少しだけ人生を楽にできる。
そんな都合のいい計画を立てていた。
でも、画面上の数字は、増えている間ほど現実感がない。
通帳にあるお金とも違う。
給料として受け取ったお金とも違う。
汗をかいて稼いだお金とも違う。
ただ、スマホの中で増えていく。
だから、増えた時も本当の意味では現実味が薄い。
そして、その現実味の薄さは、減った時にも同じように作用する。
SNSの大勝ち報告は、冷静さを簡単に壊す
Xを開けば、誰かが勝っていた。
何倍になった。
ここで買えた人だけが勝てた。
この銘柄はまだ初動。
次の波はここに来る。
そういう投稿が流れてくる。
もちろん、その裏には損している人もいる。
でも、タイムラインに流れてくるのは、だいたい勝っている人の声だ。
負けた人は静かになる。
勝っている人は饒舌になる。
その構造を、頭では分かっていたはずだった。
それでも、見続けていると感覚は狂う。
自分だけが取り残されているように見える。
今買わないと、また乗り遅れるように感じる。
本当は、買わない自由もある。
何もしないという選択肢もある。
でも、焦っている時の人間は、「何もしない」を選択肢として扱えない。
何かをしないと、また負ける気がしてしまう。
AIや評価サイトの楽観予測を、信じたいように読んでいた
AIにもよく相談していた。
この銘柄はどうか。
将来性はあるか。
このプロジェクトの強みは何か。
リスクは何か。
今考えれば、AIの答えはあくまで材料の一つにすぎない。
でも当時の僕は、かなり都合よく読んでいたと思う。
「リスクがある」と書かれていても、その後に「成長余地がある」と書かれていれば、そちらを強く見た。
評価サイトの楽観的な予測も同じだった。
数年後に何倍。
次のサイクルで回復。
過去最高値を更新する可能性。
そういう言葉は、含み損を抱えた人間には麻酔のように効く。
自分は間違っていない。
今は耐える時期だ。
いつか戻る。
そう思える材料を、ずっと探していた。
投資判断というより、精神安定剤に近かった。
下がっているのに、買い足していた
前年の最高値から、相場は下がり続けていた。
最初は、ただの押し目に見えた。
次に、絶好の買い場に見えた。
さらに下がると、平均取得単価を下げるチャンスに見えた。
こう書くと、自分でも苦笑いしたくなる。
でも、その時は本気だった。
この価格で買えるなら、むしろ得だ。
戻った時の利益が大きくなる。
ここで逃げた人が負ける。
そう考えていた。
含み損を抱えたまま、さらに買い足す。
損を取り返すために、リスクを増やす。
これはもう、投資というよりギャンブルに近かった。
それでも、当時の自分にはそう見えていなかった。
自分は分析している。
長期目線で見ている。
周りが恐れている時に買っている。
そういう言葉で、自分を納得させていた。
流動性の低いコインにも手を出した
さらに危なかったのは、流動性の低いコインにも手を出したことだった。
大きく上がる可能性がある。
まだ有名ではない。
今のうちに仕込めば、後から大きく取れる。
そういう発想は、せどりをしていた頃の「掘り出し物を見つけたい感覚」にも似ていた。
誰も見ていないものを見つけたい。
他人より早く気づきたい。
普通のルートではなく、裏道で勝ちたい。
でも、流動性が低いということは、売りたい時に売れないということでもある。
価格が動きやすいということは、上にも下にも壊れやすいということでもある。
そんな当たり前のことを、欲が強くなると軽く見てしまう。
小さな市場で大きく勝とうとする人間は、自分が出口になれない可能性を見落とす。
僕も、その一人だった。
三百万円規模の損失なのに、現実感が薄かった
最終的に、損失は三百万円規模になった。
普通に考えれば、かなり大きい。
生活資金に手を出していなかったのは、まだ救いだった。
そこまで崩れていたら、もっと危なかったと思う。
ただ、不思議なことに、損失には現実感が薄かった。
画面上で増えた数字が、画面上で減った。
もちろん苦しかった。
悔しかった。
でも、財布から現金が抜かれていくような痛みとは違った。
だからこそ、損切りも遅れた。
もう少し待てば戻る。
ここで売ったら負けが確定する。
どうせ下がったなら、戻るまで待つしかない。
そうやって、判断を先送りした。
損失を認めることは、自分の欲を認めることでもあった。
自分が投資をしていたのではなく、一発逆転を追っていたと認めることでもあった。
それが怖かった。
再建中でも、一発逆転願望は消えていなかった
この時期の怖さは、生活が完全に崩れていたわけではないところにある。
愛知のひきこもり期のようなゴミ屋敷ではなかった。
栃木では学校にも通っていた。
資格にも挑戦していた。
電験二種にも受かった。
プログラミングにも触れた。
外から見れば、再建は進んでいたと思う。
でも、内側にはまだ焦りが残っていた。
人より遅れた。
空白期間がある。
キャリアも資産も足りない。
早く取り返さないといけない。
その気持ちが、仮想通貨の価格変動と結びついた。
再建中だから安全になるわけではない。
むしろ、再建中の焦りは、別の危険な選択肢を魅力的に見せる。
僕はそこで、また同じ種類の欲に捕まっていた。
数字を増やしたかったのではなく、遅れを取り戻したかった
今考えると、僕が本当に欲しかったのは、単なる利益ではなかった。
もちろんお金は欲しかった。
資産を増やしたかった。
安心も欲しかった。
でも、それ以上に、遅れを取り戻したかったのだと思う。
東大寺にいたのに。
阪大に入ったのに。
何年も空白を作った。
遠回りした。
やっと資格で戻りかけている。
でも、それだけでは足りない。
もっと分かりやすい成果が欲しい。
そんな気持ちがあった。
仮想通貨のチャートは、その焦りにぴったりだった。
短期間で増える。
短期間で取り返せる。
努力ではなく、判断で勝てる。
そう見えた。
でも、焦った人間の判断は、たいてい自分が思っているほど賢くない。
それでも、この失敗を美談にはしない
仮想通貨で損をしたから、投資を学べた。
この失敗があったから、今の自分がある。
そう言えば、少し綺麗にまとまる。
でも、あまりそうは言いたくない。
損しなくていいなら、しない方がよかった。
三百万円を失わなくても、学べる人は学べる。
わざわざ痛い目を見ないと分からないことばかりではない。
ただ、僕はそこで痛い目を見た。
それは事実だ。
だから、そこから回収できるものは回収するしかない。
SNSを見る時の距離感。
AIの答えを読む時の姿勢。
楽観予測にすがりたくなる自分。
損を取り返そうとする感情。
投資とギャンブルの境界。
それらを、少しずつ言葉にしておく。
そうしないと、また同じところに戻る気がした。
損失の横で、AI開発への欲も膨らんでいった
仮想通貨の含み損は、精神的に重かった。
でも、その横で、僕は別のことにも手を出していた。
Javaで作ったブラックジャック。
Copilotに相談して形にした小さな成功体験。
そこから、カードゲームを使ったサイトや、アフィリエイトの構想が膨らんでいった。
仮想通貨で減った分を、別の形で少しでも取り返したい。
AIを使えば、自分でも何か作れるのではないか。
そんな気持ちもあった。
資格、投資、プログラミング、AI。
一見すると、前向きな挑戦に見える。
でも、その中には焦りも混ざっていた。
次に僕は、AIに頼りながらカードゲーム開発へ進んでいく。
最初は、作れる気がしていた。
でも、作れる気がすることと、作り切れることはまったく違う。
次に読むJavaで作った小さなブラックジャックから、カードゲームサイトとAI開発の構想へ。動くものを作れた喜びの先で、仕様膨張とデバッグ地獄に近づいていく。
続きを読む