最初の頃、仕事を振られることは嬉しかった。
頼られている気がした。
できることが増えている気がした。
空白だらけだった履歴書に、ようやく実務経験という行が増えていくようで、少し救われた気持ちにもなった。
でも、仕事は不思議だ。
信頼されることと、便利に使われることは、外から見るとよく似ている。
当時の僕は、その境目をうまく見分けられなかった。
任されることが、成長の証に見えていた
初めての現場を経験した後、少しずつ外へ出る機会が増えていった。
保守点検。
使用前の確認。
図面の確認。
要領書の作成。
協力会社とのやり取り。
社内の確認。
最初は、ひとつひとつが新鮮だった。
机の上で覚えた知識が、現場で使われる。
メールの一文、資料のひとつ、現場での声かけが、発電所の運用につながっていく。
自分はようやく、仕事らしい仕事をしている。
そんな感覚があった。
だから、頼まれると断れなかった。
むしろ、少し嬉しかった。
過去の空白を埋めるように、仕事を受け取っていた。
厄介な案件ほど、本社へ戻ってきた
けれど、現場が増えるほど、仕事の見え方は変わっていった。
きれいに整理された案件ばかりではない。
図面が古い。
管理の情報が揃っていない。
関係者ごとに言っていることが違う。
誰が責任を持つのか曖昧なまま、話だけが進んでいる。
そういう案件もあった。
地方の拠点だけでは処理しきれない話が、本社側へ戻ってくる。
オーナー、協力会社、地方拠点、社内の上長。
それぞれの立場には、それぞれの言い分がある。
どれか一つだけを悪者にすれば済む話ではなかった。
ただ、その間に入る人間は削られる。
僕は少しずつ、技術を学びに来たはずなのに、調整役として矢面に立つ時間が増えていった。
地方と本社の間で、言葉だけが増えていった
本社にいると、現場が見えにくい。
現場にいると、本社の事情が見えにくい。
その間に立つと、両方から不満が来る。
なぜ本社は分かってくれないのか。
なぜ現場はちゃんとやってくれないのか。
なぜ協力会社はそこまでしか対応しないのか。
なぜオーナーは急にそんなことを言うのか。
本当は、どこか一方が完全に悪いわけではない。
でも、仕事の中では、誰かがメールを書き、誰かが電話を受け、誰かが説明し、誰かが頭を下げる。
その「誰か」に、自分がなる場面が増えていった。
文章を書く力や、相手に合わせて話す力は、たしかに役に立った。
ただ、それは同時に、面倒な調整を引き寄せる力でもあった。
温厚な技術上長が、ひとつの支えだった
その頃、近くに技術的に頼れる上長がいた。
穏やかで、親身に教えてくれる人だった。
分からないことを聞けば、ちゃんと答えてくれた。
現象の見方、設備の見方、現場での考え方。
電気の仕事をする上で、ただ資格を持っているだけでは足りない部分を、その人から少しずつ学んでいた。
会社の中でしんどいことがあっても、近くに技術の支えがあることは大きかった。
自分はここでまだ学べる。
そう思える理由のひとつだった。
だから、その人が退職すると聞いた時、かなり大きく揺らいだ。
会社を辞めるかどうかを本気で考え始めたのは、その頃だったと思う。
信頼と負荷は、同じ顔をして近づいてきた
当時の僕は、低姿勢でいることが多かった。
嫌な仕事でも、あまり反抗しない。
関係性を壊さないようにする。
相手の機嫌や立場を読んで、なるべく丸く収めようとする。
それは、昔からの癖でもあった。
人に話させること、相手に合わせること、揉めないようにすること。
そういう振る舞いで、いろいろな場所を何とか通ってきた。
でも仕事では、その性質が裏目に出ることがある。
断らない人間には、仕事が集まる。
怒らない人間には、文句も集まる。
分かってくれそうな人間には、説明されていない責任まで寄ってくる。
信頼されている。
そう思えば耐えられる。
でも本当は、ただ負荷が増えているだけかもしれない。
その疑いを、少しずつ消せなくなっていった。
実務経験は増えた。でも、心は軽くならなかった
この会社で得たものは大きい。
それは今でも思っている。
短い期間で、普通ならなかなか触れられない規模の発電所や現場を見ることができた。
技術者としての骨格を作る上で、あの環境はたしかに意味があった。
だから、単純に悪い場所だったとは言いたくない。
ただ、経験が増えるほど、自分の中の疲れも増えていった。
技術を学びたい。
現場を知りたい。
もっと上に行きたい。
その気持ちはあった。
でも同時に、組織の歪み、調整の重さ、曖昧な責任、誰にも言えない不満が、少しずつ体に積もっていった。
仕事を覚えたから楽になるのではない。
仕事を覚えたから、任される。
任されるから、逃げにくくなる。
その単純な構造を、僕はこの頃にようやく知り始めた。
そして次第に、外では低姿勢に笑っているのに、内側では怒りだけが溜まっていくようになった。
次に読む後輩対応、板挟み、外面の良さと内側の怒り。低姿勢で関係を保とうとするほど、自分の中だけが荒れていく退職前夜へ。
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